ずっと感じていた違和感は『国語力』だったのかも?

▶︎ シニアに向けて考えること
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このブログでも子供と会話するときに苦労することなど投稿することがあるのですが、それは単に世代間のギャップから来るものなのか、他に原因があるのか、考えることがあります。

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今回、日経テレ東大学のYouTube動画配信にあった『国語力』についての話を聞いてみて、腑に落ちました。今回の動画は30分程で下に添付しておきます。

YouTube 日経テレ東大学 日本の『国語力』は崩壊している!(前半)

今回の動画では『まとめ』までは入っていませんが、多様性・多文化性・グローバル化など私たちが、生きている現代社会が変化をし、それに伴って、追いついていけてない現状やお互いのことを理解するのに『国語力』が、備わってない為に言葉で表せず、伝えられず、説明できないが故に起こってしまう『人間関係や感覚のズレ』みたいなものがあるのではないかという内容と私は理解しました。

SNSが普及し、コミュニケーションの形態も変わっていってます。短い言葉で端的に『会話する』ことが多い中で、同じ価値観や状況把握できてる人と話す時は、それで通じ合えても、普段、自分の周りにいない人と話す時は、それは通じないことが多いし、自分の語彙力が少ないことや相手の置かれている立場を想像して話ができないと話が噛み合わないことを知っておくことで、立場や状況が違う人と話をするときも、何か対処できることもあるのではないかと思います。

そういう点では、海外に住んでいる人の方がハッキリ物事を伝えることが普通であるのは、多様性であることが根底にあり、自分の考えを理解してもらう為に相手に伝えようとするからこそなのかもしれませんね。個人的に感じることは、メキシコでも語学力のできは二の次な感じで、何かを伝えようとする努力が問われてるような感じです。

アラフィフを過ぎると新しいコミュニティを作ったり、入っていったりするのが難しかったりします。でも自分の価値観の違う人や世代が違う人と少しでも関わることで、この動画でいう『国語力』が磨かれていくなら、シニアに向けて大事なことなのかもしれません。面倒に感じたりすることもありますが、コツコツとコミュニティを広げていくことで違った世界に興味が湧くかもしれませんから人生100年時代には、これから先も『国語力』は必要ですね。

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